タイレノールとボパール―米国のダブルスタンダード

ここのところ、ひろみちゅ先生の blog で、Google Street View の撮影車が私有地に侵入した問題が指摘され続けている。
この問題を考える際に、CSR(企業の社会的責任)を看過することはできない。
Google が本社を置く米国で CSR が声高に叫ばれ始めたのは 1980 年代である。1970 年代までの、ムダにデカいクルマに象徴されるようなイケイケドンドン経済が、日本をはじめとする当時の新興産業国の台頭で頭打ちになってしまった。と同時に、ケーザイ学でしばしば学ぶ「レモン市場」の言葉で表される粗悪な米国産品が市場に大量に流通した時期でもあった。
IT については、当時は鈍重でコストも膨大なメインフレームが主流で、劇的な業務改善を実現するものとはまだなっていなかった。
そういう状況下で迎えた '80 年代、産業史に残る2大事故(事件)が起きた。
一つは、ジョンソン・アンド(日本法人の表記は「エンド」)・ジョンソン(J&J)・グループ企業製のブロックバスター(主要シェアを持つ医薬品)製品であった頭痛薬「タイレノール」に、販売店の店頭でシアン化合物が混入されたという「タイレノール事件」である。タイレノール事件は、混入毒物による中毒で数名の死者が出たため、米国社会に大きな衝撃を与えた。
当時の J&J の会長であったジェームズ・バークは、全米の店舗からのタイレノールの即時回収、および異物を混入しづらい販売パッケージ構造の開発を指揮した。さらにバークは、事件の経緯をメディアを通じつぶさに報告するようにも指示した。
このケースは、今でも CSR に関する企業の対応事例の模範とされている。
一方、同じ '80 年代に、米国企業史上でも最悪と呼ばれる化学物質漏出事故が起きた。
現在では既に大手化学コングロマリットダウ・ケミカル・グループに吸収合併されているユニオン・カーバイド社がインドのボパールに設営した化学工場で、早朝に大爆発が起きた。その際、殺虫剤の原料である猛毒化学物質が大量に流れ出したため、付近の住民が多数中毒死したのだ。
この「ボパール化学工場爆発事故」は、21 世紀まで係争が続いた深刻な「事件」であった。詳細は検索して調べてほしい。これだけ長い期間が掛かったのは、事故の被害者を十分に特定できなかったばかりか、補償責任をユニオン・カーバイド社やダウ・ケミカルだけでなくインド政府も負担する契約内容となっていたためである。
ここで、Google Street View 問題に戻ってみる。
ひろみちゅ先生が Google と対峙している際の Google の対応は、まさにボパール事故のユニオン・カーバイド社のごとくである。日本法の遵守を表明しないばかりか、苦情対応を日本国内の公的機関である消費者センターに丸投げするという横暴ぶりは、既にひろみちゅ先生のエントリで示されているとおりである。
タイレノール事件、ボパール事故、あるいはナイキ社のスウェットショップ問題や、ブレーキ・パッドからのアスベスト除去に早々に着手したフェデラル・モーグル社(「Ferodo」ブランドが有名)といった '80 年代の米企業の「教訓」が、エンタープライズ「文化」への理解や国際対応の成熟度が遅いかもしれない西海岸ベンチャーGoogle で十分に活かされてないかもしれないということを、Google ユーザでもある我々はいちステークホルダの立場で今後も注視することが求められる。